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スイングジャーナル誌掲載記事
「秋吉敏子ジャズ・オーケストラ ラスト・コンサート・ツアーを追う」

 

秋吉敏子ジャズ・オーケストラ
ラスト・コンサート・ツアーを追う


日本でのラスト・ツアーの初日となった山梨県都留市での
ステージ。風格が漂う。(撮影:加藤輝彦)

1973年の発足以来ビッグ・バンドのトップとして世界に君臨し、数々の名作を発表してきた秋吉敏子ジャズ・オーケストラが30年の活動にピリオドを打つというニュースはジャズ界に衝撃を与えた。11月の都留〜大分〜ブルーノート東京を巡るファイナル・ジャパン・ツアーでは、多くのファンがこの名ビッグ・バンドに別 れを惜しんだ。

【at 都留(11月21日)】
秋吉敏子ジャズ・オーケストラは永遠だ

 秋吉さんはオスカー・ピーターソンに認められて27歳の若さで単身渡米、色々なご苦労を重ねながら1973年に結成したアキヨシ=タバキン・ビッグ・バンドを育み、30年間日米両国においてビッグ・バンドNo.1の名声を堅持する輝かしい実績を残された。1999年には紫綬褒章を授与され、アメリカにおいても東洋人として初めてのジャズの殿堂入りという栄誉を獲得されたが、これは音楽家として日本人がかつてなし得なかった偉業である。
 秋吉さんと初めてお会いしたのは55年の暮れ。バークリー留学の直前に行った渋谷のクラブM&Wでの「さよならライブ」に行ったときのことだった。ライブが終わって友人と関東煮を食べていた屋台になんと秋吉さんが入ってきて、私の隣に座られ二言、三言お話する機会があったのである。この瞬間から私のジャズの歴史が始まった。
 今回の都留公演は、オーケストラ単独での最後のコンサートとなるものであり、3361*BLACKの伊藤秀治氏の尽力により実現の運びとなった。私は秋吉さんのオーケストラを何度も聴いてきたが、最後まで客席でちゃんと楽しんだのは、5年前に秋吉〜タバキンご夫妻から招かれ、「バードランド」でスペシャル・ゲストの光栄に浴したとき以来のことである。都留公演のプログラムはもちろん秋吉さんのオリジナルばかり。シャープで、力強い素晴らしいハーモニーは、まるで闇の一点から四方に輝くコロナのよう------。私にとっては今までで最も新鮮なジャズ・オーケストラであり、終始感動の連続だった。とくに1曲目の「ロング・イエロー・ロード」は、40数年前の学生時代、発売直後のレコードから譜面 に起し、仲間達と本邦初演と粋がって演奏した頃を思い出し、感無量だった。最後のチャンスに集まった聴衆も、カーネギー・ホール・コンサート再現というステージを目の当たりにした感激をしっかりと胸に刻んだことだろう。
(藤井修照)


都留の会場に向かうバスでの一コマ。(撮影:加藤輝彦)

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